宇宙一の適当男

あなたは存在する価値があるから存在しているのです。

恋と愛の違いについて

 

さて、今回は恋と愛についてです。

40過ぎのクソじじいが恋だの愛だのを語るのはこっぱずかしいところもありますが、特に愛という言葉についてとんでもない勘違いをされている方が多いようですので微力ながら発信させていただきます。

 

まずは恋について。

恋についてはあまり説明の必要はないかと思います。

いわゆる男女間、最近ではLGBT問題も一般的になってきていますのでそのあたりも一括りにしての恋愛感情を恋と定義できると思います。

一時的に特定の相手を好きになるという状態。

当人と相手が双方を見つめあっている状態。

これが恋です。

ハッキリ言って私のようなオジンからすれば恋なんて話はどうでもいいことなんでさらっと流します。

 

では愛とは何か?というところの話をします。

「愛­=恋の強力版」と思っている人がいるかもしれませんがこれ違います。

双方が見つめ合っている状態ではなくお互いが同じ方向を向いているのが愛です。

もう少し具体的に言えば相手を愛するのではなく相手と同じものを愛することによってのみ愛が育つのです。

本当の愛を知っている人は目の前に現れたものすべてに対し愛を持って接することができますので相手を愛するとか愛さないとかそんな低次元で物事を語りません。

その相手と同じ方向を向けるか?その相手と同じものを愛せるか?が重要なのです。

 

もちろん、それができない相手とは関係が破綻してしまいます。

あなたにも経験があると思いますが気が付いたら疎遠になっている人がいると思います。

その人はあなたと同じ方向を向いていなかったというだけです。

もっと大きい話で言うと、その人とあなたは違う世界を生きるという選択をしただけです。

どちらが良いとか、どちらが正しいとか、どちらが上とかそんなものはどうでもいい話で単純に世界がシフトしただけですからどちらを選んでも問題ありません。

この現象を説明すると「愛がないものはこの世に存在できない」というところに辿り着きます。

愛とはすべてのエネルギーの源になるもので愛が無ければ素粒子ひとかけらでさえこの世界に存在することはできませんので、その人と疎遠になりその人の存在があなたの世界からなくなってしまうのはごく自然なことです。

 

ここからが重要になるのですがこの「愛」とエゴが作り出す「恋」というものをごちゃまぜにして理解しようとするから話がややこしくなるんです。

エゴ的な比率が高い人はどうしてもエゴが作り出す幻想に人生を振り回されてしまいます。

私が言いたいのは恋をするのはつまらない人間がすることだとか、恋に溺れるのは低俗だということではありません。

 

どうぞ恋をしてください。

どうぞ恋に夢中になってください。

それは少しも悪いことではありません。

 

ただ、そこにあなたのエゴが見え隠れしていることに気が付かないくらいのめり込んでしまうとエゴの思うつぼになってしまいます。

エゴはあなたにあの手この手で罠を仕掛けあなたを不幸のどん底に陥れて楽しんでいるのです。

あなたはエゴの餌である、悲しみ、憎しみ、恐怖などの感情を爆発させエゴをドンドン肥大化させていくのです。

あなたはエゴが主催者であるゲームを必死になってクリアしようとしています。

ただ、残念ながらあなたはエゴが作り出したこのゲームを絶対にクリアすることはできません。

 

本当の愛を知っている人はゲームからすでに降りています。

クリアしようとすればするほど深みにはまり抜け出せなることを知っているからです。

 

その人を愛するのではありません。

その人と同じものを愛するのです。

相手を見つめ愛し抜くのではないのです。

相手と同じ方向を向くのです。

 

もちろん、結果に執着せず期待なしに。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。