宇宙一の適当男

あなたは存在する価値があるから存在しているのです。

物事が発生した目的を見る。

 

「この現実を私たちは自分ですべて創造しています」

 

という教育を誰一人として先生や親、先輩、上司などから受けて育っていませんので、この事実をすぐには受け入れることができないでしょう。
まあ、受け入れるか受け入れないかはあなたの好きにすればいいんですが、仮にこの現実を自分で造っているとしたら自分にとって都合が悪いと感じる出来事が発生するのはなぜでしょう?

 

腹が立って、イライラして、何かに八つ当たりしないと気が済まないような出来事が発生するのはなぜでしょう?

 

どうして毎日ハッピー、ラッキーで悩みも不安も心配もない現実が現れないんでしょうか?

 

私は長い間、
「この現実を造っているのはあなたです」
ということが腑に落ちませんでした。
「っんなわっけねーじゃん!!」
という認識でした。

 

でもね、やっぱり自分で造ってるんですよ。

 

例えば私はブラック企業時代に年末のクッソ忙しい時に肺に穴が開いて(肺気胸ですね)2週間ほど入院したことがあります。
当時の私はある部署の責任者をしていましたので、部下や他部署の方々に大迷惑がかかると思いましたし、その時の上司は「体調管理も仕事だぞっ!うぅぉぉぉー!!」という脳みそまで筋肉になってしまった体育会系まっしぐらのお方でしたので「やべえよ、やべえよ(泣)」と思っていました。

 

では、この出来事が発生した目的はなんでしょう?
なぜこんな出来事を私は造り出したのでしょう?

 

キレイな話をすると、入院したことにより周りの人たちが優しくしてくれました。
そして、いろんな人たちに感謝の気持ちが出てきました。
私はその経験をしたかったから「年末のクッソ忙しい時期に入院する」というイベントを発生させたのでしょうか?
もちろん、これも間違いではありません。
ただ、私はこんな綺麗事を言いたいわけではありません。

 

物事には光の面と闇の面が必ずあります。
闇の面を見てみるのです。
暗く、汚い、心の底に沈んで腐っているドス黒い部分を見てみるんです。

 

この時、私の労働時間は1日15時間、休みは月に2日、年間の休日日数は24日という刑務所よりひどいスケジュールです。
もちろん盆も正月もGWもクリスマスも海の日天皇誕生日も関係ありません。
街中が年末年始で浮かれている最中、私は1人会社でカップラーメンをすする日々を過ごしていました。

 

私が「入院」というイベントを発生させた目的は「もうやってらんねぇ〜、他の奴に迷惑がかかろうが知ったことか、俺は疲れてんだよ!休みてぇんだよ!」
ということだったんでしょう。

 

私は見事にそのイベントを発生させました。
で、その出来事の目的を見つめ、その目的が達成できたらもう私の世界に存在する価値はありませんのでそのイベントは終わってしまいます。

 

逆に言えば、あなたの世界で発生したイベントはあなたが設定した目的を達成するまで決して終わりません。

 

あなたは何かの目的を持ってそのイベントを現実化させました。
その目的の「闇の部分」と「光の部分」を見てください。
見たくないぐらい汚いものが出てくるかもしれません。
眩いほど光り輝く部分が見えてくるかもしれません。
その両面を経験するためにあなたはわざわざそのイベントを発生させたのです。

 

あなたがすべてを造り出しているのです。
そのイベントを終わらせるのも継続させるのも、すべてあなたに委ねられているんです。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。