読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

宇宙一の適当男

あなたは存在する価値があるから存在しているのです。

適当という生き方

かつての私はクソが付くほどの真面目人間でした。
例えば仕事に対しての考え方も「人が遊んでいる時こそ働いて金を稼ぐんだ!休憩や休みなんかとる暇があったら働かなきゃ!!」という考え方を持っていました。
もちろんそれがいけないわけではないんですが、私の場合仕事がだんだんと面白く無くなっていき会社の方針や上司に対する愚痴がどんどん出てきて会社に行くのが嫌になっていきました。
でもその頃の私は「クッソー!この会社を俺の力で変えてやるんだ!俺はやってやるぜーっ!!」みたいなアホな考え方を持っていました。
私が会社を変えようといろんなところに根回しをし、経営陣に食って掛かるようなことをしても一向に変化の兆しは見られませんでした。
今考えると当たり前なんですね、

必死になって外側を変えようとしていたんですから。

外側を変えることはできません。
鏡に映ったものを変えることは不可能です。

まあ、それに気付いたわけではないんですけど結果的に私は会社を辞めました。
とにかく会社に行くのが嫌だったんで「もうやーめた!」という感じで辞めてしまいました。
何も考えていませんでした。
というより何も考えることができませんでした。
その時「自分は〇〇でなければならない」というものが崩壊していました。
今考えるとこれが良かったんだと思います。
〇〇であるべきという枠を自分で作っていたんですね。
それをぶち壊してしまったんです。

あと、今みたいに「あー、大丈夫、大丈夫!そんなん別にどーでもええやん」みたいな考え方ではなかったんですが、不思議と「怖い」という感覚はありませんでした。
根拠もないし、なぜだかわかりませんが「俺はすごい人間なんだ」みたいに自意識過剰な部分があったのは覚えています。
それからいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろあって今に至るというわけなんですが、今までクソ真面目だっただけに、適当に生きてもどうにかなるんじゃない?という人体実験をしてみたかったのかもしれません。
もちろん今でも真面目な部分は残っていますよ(笑)

それまでは適当な奴が絶対に許せなかったんです。
「そんな適当なことばっかり言いやがってこっちは汗水たらして働いてんのにふざけんなよっ!」という感じですね。
深層心理ではそれに憧れていたんだと思います。
おそらく羨ましかったんじゃないかと思います。
そして私はその生き方を選択したのだと思います。

かと言ってあなたに「適当に生きろ」とは言いません。
だってあなたがどんな生き方が好きかはあなたにしか分かりませんからね。
私は適当に生きるのが好きなだけです。
適当に生きても何とかなるというのを今回の人生を使って経験しているのでしょう。
そりゃあ腹立つこともありますし、やべえよやべえよという時もあります。
でも別に死ぬわけじゃないし「まあいいや」みたいな感じですね。
もし、死んだら死んだ時のことです。
どうせいつか死ぬんです。
その時が来たら「あ、俺の寿命もここまでかー(笑)」でいいと思います。
せっかくこの肉体を持っていろんな経験ができるんだからこれ以上に幸せなことはありません。
いっぱい感動して、いっぱい泣いて、いっぱい遊んで、いっぱい悔しい思いをして、いっぱい人を好きになって、いっぱい怖い経験をして、いっぱい笑えたらそれ以上何がいるというのでしょう。

もっと自分の気持ちに素直になっても大丈夫ですよ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。